我が家ではママの方がパパより怖いということになっています。ちびっ子に聞いてみたら、パパよりもお姉ちゃん達の方が怖いそうです。つまり我が家のパパは、大変威厳に満ちているということです。
ちょっとここで子育てについて考察してみようと思うのですが、それは子供に対するお父さんの接し方。日本では、子供が大好きで大好きでたまらないお父さんも、特に人前ではなんとなく恥ずかしいというかはにかんでしまって、思う存分子供達を大好きな態度を示せないことがあると思います。そういう時、イタリアのお父さん達はTVドラマのパパさながら、思う存分、いや、それ以上に愛を注いでいる態度で接します。このあたりはどっちの態度がいいのか議論が分かれるかも知れないけれど、子供の立場からしてみると、イタリアのパパのように多少オーバーでも自分にかまってくれていることを態度で示してくれるパパの方がうれしいんじゃないのかと思います。子供というのは「パパはこう言っているけれど、あれは○○ちゃんのお父さんが隣にいたからで、本当はああ言いたかったはずだ」なんて考えないのだから、何でもストレートな表現の方が伝わるのです。
あと、我が家のママなんかもそうだけれど、「○○だから××しなきゃダメに決まっているでしょう!」というのは、実は子供に伝わらなくって、論理的に説明して物事が解るようになるのは中学生以降なんじゃないのかと思います。つまり、その場その場でも納得できるというか、簡単に理解できる道理以外はあまり効果はないようです。これは大学生の頃に受けた「教育心理学」での内容でもあるんだけれど、子供は経験的な価値判断はしないので、論理的な講釈は意味を成さないのです。つまり、子供に何かさせたい場合は、おだてるのが一番で、そこで自信を持たせることが出来れば次につなげるし、そこでうまくいかなければ、また別の機会に「おだてる」(長所をほめるということ)必要があるわけです。おいらは経験上おだてられるのがうれしいことをよく知っているので、子供達にも論理的な講釈を避けて、ひたすら「おだてる」作戦で接しているのが「パパは優しい」という解釈につながっているようです。まあ、これも厳しい役のママがいるから成り立つ作戦なんだけれどね。
話は変わるけれど、長女がバンドを作る予定だったメンバーは、ママ的には実現不可能なバンドだそうです。何しろ、ギター担当の子でも、我が家のちびっ子と大差ない程度の実力らしいです。どうせなら、我が家のちびっ子をギターにしたらいいんじゃないのかと思うパパですが、さすがに中学生のバンドが小学生のギターじゃサマにならないよね。