堀内恒夫さんと山本浩二さんが野球殿堂入りしたニュースを見て、その昔、小学生の頃に広島対ヤクルトの試合を見に行き、後日その様子を絵日記か何かに描いたことを思い出しました。そう、野球観戦の絵柄で、絵の中央にはバットを振る山本浩二選手の姿があったはずです。
最近は岡山県にプロ野球の試合が来る場合、倉敷のマスカットスタジアムという所で行われ、時々巨人戦だって見られるようだけれど、おいらの子供の頃には岡山県営球場という、もっとしょぼい感じの球場しかなかったため、たまに来る試合も(お隣の)広島戦に限られていたようです。
当時のおいらは(今でもだけれど)ジャイアンツをひいきにしていたのですが、とりあえず地元で、生でプロ野球が観戦できる機会に親が(確か近所の子供達でグループになって)連れて行ってくれたんだと思います。で、来ていた選手の中で一番のスターだったのが山本浩二選手だったということです。
その後、大学生の頃に落合選手を見に中日戦を見に行ったこともあるけれど、これは当時バイトしていたアパレル系のデザイン事務所の社長に連れて行ってもらいました。このときの試合はあんまり記憶になくて、試合後に一緒に行ったメンバーで何か飲みに行って話しをしたところの方が記憶に残っています。社長が「小野君はNYに行ってから変わったなあ、前は岡山から出てきた桃太郎みたいだったのに」と、今でもなにが言いたかったのか分からないことを言っていました。ここの社長にもずいぶん可愛がってもらった記憶があるけれど、すっかりご無沙汰していますね。ここに書きながら今思い出しました。(笑)
で、堀内さんなんだけれど、彼は監督として選手時代の名声をずいぶん食いつぶしてしまった感があるので、通算成績の203勝も、監督時代のひどい成績を加味すると、173勝くらいの輝きしか残らないんじゃないのかとも思います。なので、多分彼が野球殿堂入りすることは既にずっと前に決まっていたことなんだけれど、関係者は「彼が監督で活躍(出来れば優勝)した年に」送ろうと予定していたら、ひどい成績に終始してしまったため、「彼が監督をしていたことを世間が忘れた頃に」送る方向に予定を変えていたんだろうと推測しています。冗談はさておき、おいらは彼の現役時代の最後の頃の姿は記憶にあるけれど、おいらにとってのエースはやっぱり江川さんでしたね。あの人は殿堂入りしないでしょうけれど。